そんなに簡単にいくものなのだろうか?
そもそも、咳止め薬で歯が溶けたりするものなのだろうか?
コデインなどという物質を、美鶴は知らない。だいたい、麻薬そのものを詳しくは知らない。
キーホルダーの中身を言い当てたのは自殺した生徒の件があったからであって、覚せい剤を見たのは初めて。中身が覚せい剤であるという確証などなかった。それが、警察への届け出を躊躇わせた原因の一つでもある。
咳止め薬なんてモノ自体、よくは知らないのだ。
それほどに危険な薬が、薬局やそこらで簡単に手に入るものなのだろうか?
風邪薬とは別モノなのだろうか?
そう考えると、門浦の行動が可解なものなのか不可解なものなのかもよくわからない。美鶴はクスリなど試したこともないのだ。常習者の行動など、理解できるワケがない。
だが、美鶴を快く思わない人間が多いのは事実。疑われ、罪を着せられる可能性はあるだろうとも思える。
「大迫さん、そんな態度でいると、知らないうちに陥れられてしまうかもしれない。知らないヤツに利用されてしまうかもしれない―――」
以前山脇から、そんな言葉を投げられた。その時美鶴は、自分はそんなバカじゃないと言い返した。
思い出すと、笑ってしまう。
自分は、昔と変わらず、バカなのか…
駅舎から病院に運ばれ、念の為に精密検査を受けた。特に異常はなかったのでその日は帰り、翌日警察に呼ばれた。そこで真相を知った。
結局、浜島も霞流も関係なかった。
霞流などは全く関係ないにもかかわらず、駅舎の持ち主であるという理由で、警察にいろいろ質問されたらしい。迷惑をかけたのはこちらの方だというのに、警察を通して丁寧な見舞いの言葉を書面で頂いてしまい、さすがに恐縮した。
そもそも、美鶴たちがキーホルダーを警察に届けてさえいれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。夜道で襲われた時には、すぐに届け出るべきだった。その件に関しては、三人ともさんざん警察から嫌味を言われた。
結果を見れば、ひどく単純な事件だったのかもしれない。事件とも言えない、それこそ三流サスペンスにも劣るお粗末な出来事だったのかも…
ならばなぜ私は、こんなにもあれこれと悩まなければならなかったのだろうか……?
警察から家へ帰ってきたのは昼過ぎ。外で待っていてくれた山脇と聡に付き添われて帰宅した。
口数の少ない帰り道。
警察で何を聞かれ、どう答えたのか… お互いにそれを多く語ろうとはしなかった。別にそれを伝え、聞いたところでどうなるワケでもない。
二人とも、今度は家の中までは入ってこなかった。扉を閉めて鍵をかけ、着替えて布団に潜り込む。
昨日は眠れなかった。
病院から帰宅したのは夜の十時頃。病院へ駆けつけた母と一緒。それからすぐに布団に入ったが、朝まで一睡もできなかった。
だから眠いはずなのに、やっぱり眠れない。
母はいない。こんなに早い時間から出勤するはずはないのだが、昨日は職場から飛んできたので、早めに行ったのかもしれない。そちらの世界の内事情は、詳しくはわからない。
娘が警察のお世話になっていても、付いてきてはくれない。それを警察で嫌味のように言われたが、不愉快だとは思わなかった。むしろ、母がいないことに安堵した。親という存在は、このような時には厄介に思える。
仕方なく布団から出て机に向かったが、とても勉強には集中できなかった。
ヘンな気分だ。
いろいろな考えや想いが頭の中に浮かんでくるのに、自分が何を考えているのかまったくわからない。頭の中をいろんな言葉が飛び回っていて騒がしいはずなのに、なぜか頭の中は真っ白なのだ。
部屋を出て台所で水を一杯飲んだ。そのまま壁にもたれて座り込む。
だがやがて思い出し、立ち上がって場所を移動する。そこは、おとといには山脇と、そしてその翌日には聡と向かい合った場所。
思えば、二人と出会ってまだ数日。なのに、出会ったその日が遠い過去のように思える。それ以来に起こった出来事があまりにも激しすぎて、記憶が遠くへ押しやられてしまったかのようだ。
まるで台風でも通り過ぎていったかのような数日。
テレビの前に座り込み、手近にあった薄っぺらなクッションを抱え込む。
美鶴が雨の中に飛び出した後、聡は後を追わなかった。
警察で聡は口げんかをしたと言い、追わなかったことを始終悔いていたらしい。
飛び出してしばらく後、山脇が家を訪ねた。
校門で待ち合わせをしていたのに一向に美鶴が姿を現さず、教室にはすでにいなかったので自分がすっぽかされたと思ったのだ。駅舎へ行ったが美鶴はおらず、仕方なく家を訪ねてみた。
美鶴が雨の中を出て行ったと知って、山脇はすぐに家を飛び出したらしい。聡もすぐにその後を追った。
美鶴の行きそうな場所としてまず思い浮かんだのが駅舎だった。もし殺害場所が駅舎ではなく別の場所であったなら、そしてもし山脇たちが探しに出ていなかったら、間に合わなかった。
あの二人には当分会いたくない。
今日だって、本当は送ってもらいたくなかった。けれども今の美鶴には、キッパリと断れるほどの覇気はない。
今でも、二人の言葉を素直に信じることなどできない。
目を閉じると、聡や山脇の笑顔が頭の中に浮かぶ。だが、その笑顔の裏には何か別の意味が込められているのではないかと、疑われてならない。
かつての里奈がそうであったように……
あの二人が、そして学校の誰もが、美鶴に対して何の意図も裏もなく笑いかけてくれることなど、ありはしない。
瞼の裏で、二人の眼差しが心地よく笑う。だがそれは、自分の瞼の裏にだけ存在するものであって、実際にはあり得ないのだ。
美鶴は自分にそう言い聞かせる。
だが思う。
あり得ない笑顔が、なぜ瞼の裏には存在するのか?
そういえば、夢の中にも、笑顔の聡が出てきた。山脇や…… 里奈の姿も……
あり得ないが、存在してほしいと願っているからなのか?
自分に笑いかけてくれる者などいない。だが、笑いかけて欲しい。そしてまた、それを信じたい。瞼の裏や夢の中ならば、それを叶えられる。
美鶴はよく眠る。何かあるとすぐ布団に潜り込むのが、クセのようになってしまった。それは、いつからだろうか…?
信じることのできぬ現実を避けて、信じることのできる夢の中へ……
それは、まるで転寝のように…… 美鶴が自覚することはなくとも……
チャイムの音が現実であることに気づくまで、どれくらいかかったのだろうか? 夢の中では心地よい音色となって流れていたように思う。どんな夢を見ていたのかは思い出せない。
いつの間に眠ってしまったのか。
あんなに眠れなかったのに…
目覚めたばかりでボウッとする頭を抑えながら玄関へ向かう。
「美鶴、いないのかっ!」
聞きなれた声に足を止めた。ドアノブへ伸ばした手を思わず引っ込める。が
「美鶴、居るんだろうっ?」
家に居るのはバレているのだ。出てくるまで叫ぶつもりだろう。聡ならそうに違いない。
諦めて扉を開けると、隣に山脇もいた。
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